主題提示助詞「は」
犬は動物です。 Dogs are animals.
犬は賢い。 Dogs are wise.
犬はほえる。 Dogs bark.
助詞に対応する英単語はありません。ですから、助詞の使い方はとても難しいです。中でも「は」は最も難しい助詞でしょう。「は」は文の主題を提示するときに使われるので、
主題提示助詞(topic-indicating particle) と呼ぶことにします。上の例文からわかるように、犬が何であるか、犬がどのような性質を持っているか、あるいは犬がどのような行動をとるか、について説明するとき、主題提示助詞の「は」が使われます。話し手は文のトピックが「犬」であることを明示する目的で「犬は」と話し始めるわけです。
あそこに鳥がいます。あれ「は」ツバメです。 There is
a bird over there. The bird is a swallow.
初学者向けの教科書では「は」の主題提示機能を説明せずに、上のような例文を取り上げ、初めて出てくるものに対しては「が」を、2度目からは「は」を使うと説明しているかも知れません。これはこれで正しいのですが、「は」の機能を言い尽くしていません。
今日のゲストは山田さんです。 Today’s guest is Mr. Yamada.
テレビ番組のゲスト紹介では、このような言葉が良く使われます。「今日のゲスト」という言葉は初めて出てくるのに、「が」ではなく「は」が使われます。司会者は、今日のゲストは誰でしょう、これから今日のゲストを紹介しますよ、と言いたい。トピックは「今日のゲスト」だということを明示するために、「今日のゲストは...」と始めるわけです。「は」の機能は主題の提示であって、「2度目から使う」と言うのは使用例の一つにすぎません。
象は鼻が長い。 Elephants have long
noses.
この例文で、「は」は主題(topic)が象であることを示します。「が」は述語である「長い」の主語が「鼻」であることを示しているに過ぎません。「象は」と切り出すことで、話し手は、これから象について話しますよ、と宣言しています。象とは何であるか、どんなふうに暮らしているのか、あるいは、どんな特徴があるのか、そういうことを言いますよという宣言です。
以上が、主題提示助詞「は」に関する基本的な考え方です。ここから先は「は」に関連する個々の事柄について説明していきます。まず、下の例文を見比べてください。
(A) 私が優しい。 I am kind.
(B) 私は優しい。 I am kind.
どちらも正しい文です。ただ、前後関係なく見せられると (A)
はちょっと落ち着かない感じがします。(A)には主題の提示がありません。何かを主張しようとしているはずなのに、主題が何かわからない。これが落ち着かない原因です。
(B) はどうでしょう。「私は」と切り出すことで、「私」が主題であることが明確になっています。これから「私」について話しますよ、と宣言している。そして「私が優しいということ」が述べられています。主題の提示があって、それに対する結論がある。1つの主題と1つの結論、これが日本語の基本構成です。ただし、主題がなければいつも不安定かというと、そうではありません。以下の文を見てください。これらは自然に聞こえます。状況描写の文は無主題でも問題がありません。
あそこに鳥がいます。 There is a bird over
there.
犬がほえている。 A dog is barking.
鳥が鳴いている。 Birds are singing.
では逆に、主題が2つあったらどうでしょう。
(C) ひろ子は私は優しいことを知っている。 (誤)
(D) ひろ子は私が優しいことを知っている。 (正) Hiroko knows that I am kind.
(C) は明らかに変です。「ひろ子」と「私」のどちらが主題なのかわからないため、間違った文と判定されてしまいます。従属節の中では「は」が使えないと覚えておけば良いでしょう。
(範囲限定用法)
では、1つの文に2つの「は」が使えないのかと言うと、実は使えます。「は」には、主題提示の他に範囲限定の用法があり、主題提示の「は」は1つですが、範囲限定の「は」はいくつでも使えます。
(E) ひろしは野球がうまい。 Hiroshi is good at playing baseball.
(F) ひろしは野球はうまい。 Hiroshi is good at playing baseball but...
(F)には「は」が二つありますが、おかしな文ではありません。(E)は、単純に「ひろしが野球が上手であること」を主張しています。(F)は「ひろしが野球が上手であること」を主張しながら、他に何か下手なものがあることを暗示しています。最初の「は」が主題提示を、2番目の「は」が範囲限定(「上手」の範囲を「野球」に限定している)を行っています。(F)の文では何が下手なのかはわかりませんが、範囲限定がされている以上、野球以外の何かが下手であると受け取れるのです。
ひろしは、野球はうまいがテニスはへただ。 Hiroshi
is good at playing baseball but not good at playing tennis.
これだと、わかりやすい。最初の「は」が主題提示を、2番目、3番目の「は」が範囲限定を行っています。助詞「は」にはこの用法があるために、時にとても危険なことが起きます。主題提示用法の「は」を、範囲限定用法として解釈できるためです。
今日はきれいだね。 Today you are
beautiful.
奥さんや恋人にこれを言ったら、全然喜ばれないどころか、「何ですって。じゃあ昨日はきれいじゃなかったわけ?」と、機嫌を損ねること請け合いです。あなたは単に「今日」を主題として選んだだけなのかもしれませんが、「きれい」なのは「今日」に限定されるものと受け取ることができます。無意味な喧嘩を避けるには、「今日もきれいだね」 (You are beautiful as always) と言うに限ります。
補足:文法的事項
日本語は、主題があってその主題に対するコメントが連なる言語です。英語の「主語-動詞」の関係と混同してはいけません。日本語における「主題」は文末の「述語」に対する主語になっているとは限らないからです。「象は鼻が長い」という文では、述語である「長い」に対する主語は「鼻が」ですが、主題はあくまでも「象」です。
助詞「が」は述語に対する「主語」を示すことができる助詞です。また、助詞「を」は目的語を示すことができます。このように、連結する名詞(直前の名詞)の役割(格)を示すことのできる助詞を「格助詞」と分類します。「が」、「の」、「を」、「に」、「へ」、「と」、「より」、「から」、「で」、などがこれに該当します。主題提示助詞「は」は格助詞のように見えて格助詞ではありません。連結する名詞の格を表さないからです。
三上章は、「は」が主題提示の他に隠れた機能を持っていると説いています。このことを少し説明しておきます。
その花はひろ子がくれた。 Hiroko gave me
the flower.
この文を解析してみましょう。まず、この文に「こと」をつないで名詞句を作ります。機械的に「こと」をつなぐだけだと、「その花はひろ子がくれたこと」となりますが、従属節中の「は」はおかしいので、これを適切な助詞に変えます。花は「くれる」という動詞の目的語と考えられますから、「その花をひろ子がくれたこと」が正しい日本語です。つまり、主題提示助詞「は」は、格助詞「を」の役目も果たしていたことになります。これが「隠れた機能」です。他の文も解析してみます。
象は鼻が長い。 Elephants have long
noses.
象は鼻が長いこと⇒象の鼻が長いこと: 隠れた機能は格助詞「の」のそれです。
犬は動物である。 Dogs are animals.
犬は動物であること⇒犬が動物であること:隠れた機能は格助詞「が」のそれです。
「は」は主題提示という重要な機能を有し格助詞のようの使われるのですが、主格、所有格、目的格のいずれにも使えるます。このため、「格」を明示する機能を持つことにはならず、「格助詞」には分類されません。「は」と「が」の違いは何か、ということが日本語学習者にとって良く問題になります。しかし、ここまで見てきたとおり「は」主題提示助詞であって、格助詞「が」とは全くの別物です。
「は」ほど重要な機能を受け持つ助詞は他に見当たりません。ですから、「は」は助詞の王様であると言っても過言ではないと思います。
原文はこちら


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